最近報道された各種報道の中からリストラ関連NEWSをピックアップしています。
≪記事要旨≫
●人工知能に左右されない技術や思考力を身につける努力はもちろん大切ですが、先行き不透明なこの時代にそれより先にやっておくことは「やめるべきとき、やめなくてはいけないときの備えを万全にしておくこと」
●「いつか(自分が選んだ退職時期に)退職するかもしれない」ことと、「いつか(自分にとって不都合なタイミングで)退職するかもしれない」ことは、まったく別物
●仕事の組み立てでは二の手・三の手を用意する周到で戦略的なビジネスパーソンなのに、「自身の退職になると無防備な人が優秀なビジネスパーソンほど多い」
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東京電力や東芝など、不祥事をきっかけとする名門企業からの人材流出があとを絶たない。最近の日産自動車や神戸製鋼の問題も、深刻化すれば二の舞いになるかもしれない。それでなくても、人工知能の急速な発展により、事務職などを大量に抱える企業ほど雇用は不安定になってきている。指を加えて見ているだけでは、この激流の底に引きずり込まれてしまうだけだ。
人工知能に左右されない技術や思考力を身につける努力はもちろん大事だが、先行き不透明なこの時代、それより先にやっておくことがある。
それは、やめるべきとき、やめなくてはいけないときの備えを万全にしておくことだ。日本経済新聞の連載「私の課長時代」のごとく、何もかも努力や人脈で乗り越えられるとは限らない。あれは成功者だから語れるレアケースなのである。
企業の人事担当として、組織人事コンサルタントとして、さまざまな退職の場面に接してきた秋山輝之氏は「日本のビジネスパーソンは、退職についてあまりにも無防備」と指摘する。
人ごとではない「突然の退職」
この数年、大手企業の不祥事が相次いでいます。神戸製鋼所のデータ改ざん問題、日産自動車の無資格者検査問題をはじめ、東芝、電通、商工中金など、誰もがうらやむ勝ち組といわれていた企業が、突然のコンプライアンス問題発覚により混乱に陥る――。そんなニュースが今年も数多く報道されました。
日本経済の屋台骨ともいわれてきた名門企業で不祥事がこう連続して発覚しては、もはやどの企業から何が出てきても驚かないとすら感じてしまいます。
不祥事が発覚した企業では、事件の直後には真相究明が、真相究明の次には経営責任が話題となります。経営体制の見直しで終わらず、業績悪化が続けば、企業全体の人員整理にまで話が進むことも少なくありません。
大量リコールの発生から法的整理にまで一気に至ったタカタのようなケースは限られるにしても、事件をきっかけにした事業売却や人員計画の修正から、東芝のように事件から1年もたたずに大規模な希望退職の募集に至ることもあります。
業績・体制が不安定な中堅企業・ベンチャー企業では、会社がなくなることを頭の片隅におきながら働いている方もいるかもしれません。そもそも、企業の平均寿命が30年といわれるなか、40年から50年といわれる職業人生を一つの会社だけで過ごすことは、たとえ本人に転職の希望がなくても困難です。
新卒で入社した企業に定年まで勤めることができるのは、一部の名門企業に勤める従業員の特権とも言われていましたが、いまや名門企業ですら突然の退職がありうる時代。誰にとっても他人ごとではないのです。
退職は相手のタイミングでやってくる
終身雇用が幻想だということは、誰しも頭ではわかっているのだと思います。40歳以上のビジネスパーソンであれば、バブル崩壊後からリーマンショックを経てデフレ経済が続くなか、企業のリストラを直接または間接的に経験されているかもしれません。
実際、仕事柄さまざまな企業の方々とお話しする機会があるのですが、多くの方が「定年まで会社にしがみつくつもりなどない。退職を考えたことなど何度もある」と口にされます。とうの昔に終身雇用は崩壊しており、企業に頼り切った人生設計などできない、いつか退職することがあるという覚悟は持っている。だから、自分は退職について無防備ではない、というわけです。
しかし、多くの方が(特に転職未経験の方が)勘違いしているのは、退職は多くの場合、自分の都合の良いタイミングではなく、相手のタイミングでやってくるということです。
「いつか(自分が選んだ退職時期に)退職するかもしれない」ことと、「いつか(自分にとって不都合なタイミングで)退職するかもしれない」ことは、まったく別物なのです。退職は自分が思いもしないタイミングでやってくるかもしれない。そのとき、あなたはうろたえず冷静に自分のキャリアや生活の行く末を判断できますか?
社内で高評価の人も例外ではない
自分は会社から退職を求められることなどない、と思われている方も多いでしょう。しかし、非常に優秀な方で、会社から常に高い評価を得ていた方でも、何かしら不祥事の関係者となるケース、あるいは所属部署が突如、撤退や売却の対象部署となるケースがあります。
また最近では、介護などご自身の理由から想定していなかった退職をされる方もおられます。
少々強引ですが、退職を「夫婦の別れ」にたとえて言うなら、離婚を考えたことがある人はたくさんいるのです。しかし残念ながら大半の人は、自分が別れを切り出すかどうかを考えたことがあるだけ。相手から突然切り出される別れ、突然の事故による別れまで想定し、その後の生活の備えまでしている方はほとんどいません。
そこまで準備している人などいるのか、と思われるかもしれません。しかし、している人はしています。突然の退職への備えができているかどうかが、現代のビジネスパーソンにとって、その後のキャリアの大きな分岐点になっているのです。
企業人事として、また組織人事コンサルタントとして、数々の退職の場面に接してきましたが、その私が自分の目で見てきた事実として、退職の備えの有無は、ときにビジネススキルや実績以上に、その後の職業人生・キャリアを左右するのです。
突然始まる「早期退職」募集
名門企業A社が、突然の事業計画変更により、特定事業を売却することになった際の例をご紹介しましょう。
A社は食品関連の製造業で、全国に工場を持つ従業員3000人規模の企業です。かつて希望退職の募集が一度ありましたが、それ以降業績は安定し、社内に人員余剰感など微塵もありませんでした。
ところが、製品の品質管理トラブルをきっかけに変化が始まります。7月に発生したトラブルは大きな問題に至らなかったのですが、将来的な再発リスクを懸念し、当該製品関連の事業売却を決定したのです。
事業の売却先が内定すると、話はとんとん拍子に進みます。結果、半年後の1月初旬には、事業売却と早期退職優遇制度の募集が発表されました(企業の特定を避けるため業種・時期は変更しています)。対象の従業員にとっては、文字通り降ってわいたような退職の機会でした。
従業員に説明された主な内容は、
①該当の事業部を会社分割により分社する。分社した会社の株式を今後、B社に売却する。
②分社後の報酬制度や就業規則は現在のA社と同じ。
③該当部門の従業員で退職を希望する者には、通常の退職金と別に割増退職金(平均して給与18か月分)を支給する。
④退職の募集は2月初旬に締め切り、退職日は3月末日とする。つまり、売却の対象部門に所属する従業員全員が、3月末に退職するか、B社に売却となる現在の職場にとどまるか、わずか1か月で選べというわけです。一般的に、会社分割を絡めた事業売却と呼ばれる組織再編の手法です。
妻の反対で思考がストップ
退職募集締め切りまでの1か月。一人ひとりの悩み方、過ごし方は実にさまざまです。実際に私が個人的に相談を受けた、対象事業の総務担当の二人の係長(田中さんと松本さんと仮称します)の事例をもとに、その違いをご紹介しましょう。
田中さんは、会社の説明会に参加したのち、意識的に通常通り仕事をしようとされたそうです。そもそも自身は職場で高い評価を受けており、早期退職など自分とは関係ない話と考えていたということでした。
しかし説明会の翌週、上司との個別面談があり、その認識をひっくり返されます。事業売却先のB社は管理部門の人員が多く、総務の人員はB社からあまり期待されていない職種だと告げられたからです。上司からも「管理系の従業員は早期退職への応募をしっかり考えた方がよいかもしれない」とアドバイスされた田中さんは、説明会から遅れること10日後、ようやく退職の検討を始めました。
田中さんとしては、B社に売却されても、当面の給与は変わりません。しかし、上司の話によると将来の見通しは暗い。長く勤めた自分を切り捨てるかのようなA社の仕打ちにも憤然としてきた。もはやこのキャリアには見切りをつけた方がいいと考えるようになり、2週目の週末に初めて、家族に退職を相談します。
奥様は突然の相談に驚き、まずは反対したそうです。いきなり退職すると言われても生活の見通しが立たない、早まらずじっくり考えて、と。田中さんもそう言われると苦しく、最後は「妻の反対が激しいから」と自分を納得させ、この応募を見送る腹積もりになりました。
3週目、早期退社の応募締め切りが近づき、上司から再度の面談を受けます。応募意志確認の面談です。田中さんは「残ることに決めました」と返答。ところが、上司は「行った先で早々にウチの部署は縮小されかねない。職種転換もありうるし、報酬も将来は下がりうる。割増退職金がもらえるうちに退職した方がよい」と、今度ははっきりと退職を勧めてきたそうです。
田中さんが「いや、実は妻が反対しているのです」と一歩踏み込んで話しても、「家族としっかり話してみたらどうだ」と、上司はあくまで退職を勧める様子。結局、募集締め切りを控えた最後の週末にあらためて妻と話し合った田中さんは、半ば強引に家族を説得し、早期退職に応募することを決断したのです。
「早期退職」勧告を拒否する選択
松本さんのほうは、募集開始から締め切りまでの1か月間で、人事コンサルタントの私をはじめ、多くの知人友人に電話し、週末に人に会い、情報を収集されたようです。
その結果、自分の年収が世間で見ても比較的高く、それを踏まえても、B社の報酬水準は決して悪くないこと。現在転職して得られそうな報酬は厳しいことなど、自分が置かれた状況を把握できました。一方で、B社の人材レベルなら、自分がたとえ職種転換しても活躍できそうだという見込みを早々に立てられたようです。
結果、松本さんは3週目の面談で、田中さんと同じく上司から退職を勧められながらも、「管理系の職種が余剰するのであれば、営業職に復帰したい。係長のポストも不要で、報酬が下がってもかまいません」と上司にはっきり伝え、早期退職に応募しないことを選びました。松本さんは現在もB社の営業職として活躍されています。
言ってみれば、田中さんは突如訪れたキャリア選択の貴重な時間を、上司と配偶者のあいだの伝言ゲームに使ってしまったのです。退職を選んだ理由も半ば感情的なものと言っていいでしょう。
一方の松本さんは、同じ時間を社外との接触に使い、具体的なキャリア計画の結論を出しました。限られた情報ではあるものの、冷静に判断し、結論を出したわけです。
優秀な人ほど「備え」が足りない
二人の行動の違いには、性格の違いから生まれたものもあるでしょう。しかし、根本的な違いは、退職に対する心の備えにあると私は考えます。
松本さんは、家族にはどう説明していたのか。ご本人に聞いてみたところ、「会社と別れなければならないことはある。そのときには新たなキャリアを違う会社で作り直さなければいけない」とふだんから夫婦で話していたのだとか。だから、会社発表のあったその日に奥様にその内容を率直に伝え、同時に、まずはいろいろあたってみたいと告げ、小遣いの増額も勝ち取った上で人とたくさん会われたそうです。
田中さんは、会社は変化するものであり、ひとたび変化が起きればそれまでの自身に対する評価も一変し、突然の退職を迫られることもありうる、という現実を最後まで自分ごととして認識できませんでした。資本が変われば、不要となる人材もある、という心の備えがなかったのです。
このような方を、優秀なビジネスパーソンの中にこそ特に多く見かけるのです。仕事の組み立てでは二の手・三の手を用意する、周到で戦略的なビジネスパーソンであるのに、こと自身の退職については無防備な方を。
だからこそ、声を大にして伝えたいのです。バブル崩壊後、いろいろなことがあったじゃないですか。突然の退職なんかないなんて、くれぐれも過信しないで下さいよ、と。
(現代ビジネス)
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